人と人をつなぐ縁
私の名前は高橋縁(ゆかり)
よく緑さんって間違われるけど、縁です。w
人と人を繋ぐ
そんな意味をもってつけられた名前
小さな頃は深い意味はわかっていなかったけど
大人になって、たくさんの人と繋がって
「縁」の大切さ、ありがたさを感じてきました。
デフノバを立ち上げよう!!そう決心できたのも、繋がりを生み出したかったから。
聞こえない私たちにとって、繋がりはより一層大切なものだと改めて実感しています。
小さな頃に自分はどんな環境で何を感じてきたのか、についてここ最近振り返っています。
その中で一番感じてきたもの、それは「孤独」です。
聞こえる家族の中で自分は「違い」を感じていた
聞こえる家族の中で自分だけが聞こえない。
もちろん愛情はたっぷり注いでもらったこともわかっています。
ただ、家族であっても、やっぱり、自分とは何かが「違う」
大人になった今でも、信頼できる友達や安心できる場の存在はとても大切だと感じています。
それは子どもにとっても同じこと。いや子どものほうがもっと大事かもしれない。
この人は大丈夫。そう思える場所や人と出会い、繋がれるということは
私たちにとっては奇跡に近いようなことなのかもしれないな、そう感じています。
頑張っても頑張っても、友達の輪にも家族同士の会話ですら入れない。一員になれないのです。
ようやくキャッチできた情報(単語や表情)から推測して、つなぎ合わせて
でもちゃんとわからなくて、、トンチンカンなことを言ってしまうことも。
「今なんの話?」なんて聞こうもんなら、こんなふうに思われる。
空気の読めないやつ
いや、そう思われているという空気はちゃんと読み取れてる。
でも、わからないんだよ、、知りたいんだよ、、私も仲間に入りたかったんだよ、、、
こんな想いが聞こえる人に伝えられるって思ってなかった。
わかってもらえるって思えなかった。
わかってもらうって想像以上にしんどいこと。だって、ちゃんとわかるように説明しなきゃいけないんだもの。これは今でもとても難しい。
今までたくさんの聞こえない子達の相談に乗ってきたけど、みんな根っこは同じ寂しさを抱えてる
昔のちゃふと同じだな。っていつも思うんです。
「ただいま」と言える場所が欲しかった
ちゃふは、自分だから感じてあげられることがあるんじゃないかなって
自分がデフノバにいる意味があるんじゃないかなって
「おかえり」って迎え入れてあげられる場所、
何かあったら、あ、デフノバ行こうって
そう思える場所や人がいるのといないのとでは本当に違うから。
自分が「ただいま」って本当の意味で帰って行ける場所が欲しかったから。
ちゃふはみんなの、そんな場を作りたいと思ったし、そんな人でありたいと思っています。
困りごとがないから、大丈夫。なんじゃない
これは子ども達にもお母さんにもぜひ頭に入れておいて欲しいこと。
小さい時、今、困ってることがないから大丈夫、だなんて思わないで。
当たり前に手に入るものには人は感じにくいし気づきにくいんです。
やっぱり聞こえない私たちにとって、聞こえる人たちの環境の中では足りないと感じるものは、
とても多いんです。(詳しくはまた別で書いてみようと思いますが)
伝わる経験、わかった経験、同じだ!と感じる経験、なかなかできないんです。
考えることも、アウトプットに挑戦することも
やっぱり機会としてはとっても少ない。
その経験が少ないと、周囲からは分かりにくいだけでもうすでに困っているのかもしれない
ゆくゆく困るときが来るかもしれない。そうなったときに誰かたすけて!と探し始めても
もう心は閉ざされてしまってる、、、そんな事例を悲しいことですがたくさん見てきました。
いざという時にすでに繋がりを持てていること。これがものすごく大切だと思っています。
それがデフノバじゃなくても全然良い。
誰か、どこかに、自分に何かあったときに受け入れてくれる場所ある、
そう思えていること。これが本当に大切なんです。
長くなっちゃったけど、ちゃふは人と人を繋ぐ「縁」という名前にも力をもらって
自分自身がそんな人になれるように、頑張っていきます!